GSの功績と功罪

Posted: 11月 8, 2012 カテゴリー: Synthesizer & MIDI
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GSの功績と功罪

sc-55

Roland Sound Canvas SC55 1991年発売。定価69800円。パート数16、最大同時発音数24、音色数317という当時画期的な価格と、コンパクトなハーフラックサイズながら1台ですべてのパートを補うという衝撃の性能で大ヒットしました。Rolandの提唱したGSフォーマット(簡単に言うと音色ナンバーと実際の音色の統一規格)は後のDTMの統一規格であるGM規格の元になっています。このGM規格の制定によって90年代、YAMAHAや他のメーカーも一気にこの流れに追随することになり、各社からGM対応音源が次々に発売されました。

GSやGMというロゴが入っており、これに対応している音源であれば、メーカーや機種が異なっても同じMIDIデータでほぼ同じ(音色での)演奏再生が可能となり、これは90年代のDTMの普及に貢献することになりました。

しかし!ここで私が思うのは、これらGSやGMなどの統一規格により、音色数や同時発音数が飛躍的に進化したのに、どの音源を使っても同じ(厳密には似たような)表現ってどうなのよ?ってことです。それまで機種ごとに得手不得手はあれど、絶対的な存在感であったり、マニアックに音色を作り込んで出していたユニークなユーザーによる個性とは反対方向のアプローチに感じました。シンセと言えば音作りが醍醐味なわけでして、音色がたくさんあるからプリセットでいいやという(逆にプリセットしか使わないので同じ再生環境が得られるのか!)ある意味、それまでの自分のシンセに対するポリシーを裏切られる思いがありました。

このような考えから私は打ち込み野郎であるにも拘らず、当時世にはばかっていたDTMというものに反感を覚えていました。自分が初めてシンセを手にして作曲を覚えたのも、すべてオリジナルの音色を作り込むことによるインスピレーションからであり、音色からフレーズが生まれ、ビートが生まれ、グルーヴになり、曲として表現するという一連の流れは、やはり変えることが出来ませんでした。オーバーに思われるかもしれませんが、実際80年代後期からシンセがPCM波形を搭載し、さらに音色の規格が統一されたことにより、シンセの音作りという醍醐味が一時期忘れられるという、この流れは90年代確かに感じていましたし、だがしかし、それによって多くの人が敷居の下がったDTMに触れ、気軽に音楽を楽しめる環境が整い普及していったという時代背景を非常に複雑に思っていたものです。

もちろん、こうした動きの裏でやはり確実に私のように感じるシンセ好きも多くいたのか、以降のアナログライクなシンセの流行にも繋がるわけですが。

70年代がアナログシンセの時代、80年代がデジタルシンセの時代とするなら、90年代というのはこうした流れで考えるとシンセの谷間の年代だったのかもしれませんね。

コメント
  1. […] この頃、私は個人的には丁度、地元のヤマハ系列の楽器店に勤務していたのですが、確かにコレ、よく売れましたね。その手軽さからそれまで打ち込みなど興味のなかった層の方々にも広く受け入れられてました。そういう意味では打ち込みの敷居を下げたマーケティング的に成功した製品ではないでしょうか。一方、翌91年には対抗するRolandがSound Canvas SC55を発表し、DTM時代の幕開けとなるアプローチで、打ち込みのファン層を違った方に広げていきました。 […]

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