PA屋としての思い出話など

Posted: 1月 20, 2013 カテゴリー: Uncategorized

PA屋としての思い出話など

私、20代の頃の4〜5年と、つい昨年までの4〜5年ほど仕事でPA(ライブの音響のお仕事です)をさせていただいてました。20代の頃は地元の某YAMAHA系列の楽器店に勤務していましたので、コンサートホールや野外などのライブイベントでの持ち込みでやってまして、その後15年ほどのブランクの後、某地元のライブハウスの仕事をしておりました。

人生のほんのある部分、数年間かもしれませんが音楽好きとしてはそこで得た経験、知り合えた人々との交流は何物にも替え難い貴重なものです。しかし音楽に限らず、人生の中で趣味に没頭出来る時間というのは多くの場合、非常に限られています。仕事や家庭の事情、金銭的なこと、時間的なこと、様々な要素によってあらゆるものを犠牲にしながら続けるかどうか、ある者はそれでも夢を追い続け、ある者は諦め、またある者は頻度を減らし、ペースダウンして活動を続けるなどするかもしれません。特にバンドで音楽活動を続けていくことは、多くのアマチュアミュージシャンにとって人生のうち、同じメンバーで活動出来るのは、それぞれの人生の事情によってほんの数年間です。何十年も一緒に安定して活動出来るというのは稀でしょう。

そう考えると私は個人的な音楽活動はともかく、PAという仕事で人生で2度に渡って数年間、飯を食わせていただいたことは本当に幸運だったと思います。これからも何らかの形で音楽と関係を持った人生を進んでいきたいとは思いますが、実際、音楽の裏方、PAという職業はもう出来ないんじゃないかと思います。

だってきついんですもの・・・

これは経験してみないと分からないと思いますが。

まず拘束時間が思ってる以上に長い!
ライブイベントの場合、仕込み(下手すると前日からとか)からリハ、本番、撤収までとんでもない労力です。これに外の会場とかだとさらに積み込み、搬入・搬出、機材下ろしまで加わります。また、イベントによってはこれに打ち上げという慣習も当然あります。で、多くの場合、ライブイベントは週末の土日になるわけで。これは体力もさることながら拘束される時間が長いと確実に生活に支障をきたします。特に所帯持ちは。

その上、この業界はサラリーが安い!どんなに大変な現場でも好きでやってるんだから、という言い訳で済まされます。とまぁ、こんな感じでこれまでも私自身だいぶ家族を犠牲にしてきた想いもありますし。まぁ、それを差し引いても自分で得られたものには満足していますが。

う〜ん、全然思い出話になってませんね。愚痴か。

まぁ、PAに関してはいろいろありますので今後も度々語ってみようかと思いますが。私が言いたいのは、PAに限らず、音楽活動を本気でやっていこうと思ったら、それが今出来る環境なら、是非おもいっきり本気でやってください。それは多分今しかありません。そしてその状況はそういつまでも長く続くものではありません。バンドなどで相手がいることなら尚更のこと。メンバーは大事にしましょうね。そして家族やパートナー、周囲の理解があってこそなので、周りの人間に感謝を忘れないことも大事です。

私自身も仕事としてやってたときはずっと続けていきたいとも思っていましたが、こればかりは自分だけの思いでは何ともならないこともあるのです。それでも世の中には続けている方はたくさんいらっしゃるのでしょうけど、それはもう本当、素直に尊敬いたします。

とまぁ、自分がライブイベントでPAしてたときも、演奏していたバンドマンや来場してくれたお客さん、そこにいた人たちがそれぞれの人生の貴重な時間を共有していたと思うと、それもまた感謝です。いろいろ愚痴りましたが、本当に素敵なお仕事でした。

PAに関しての具体的な諸々のお話などは、今後も思い出しながら語ってみますね。

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